鳩のブンガク [文学]

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久しぶりにブンガクを…。

鳩が印象的に描かれているのは池澤夏樹「スティルライフ」

珍しく夫ちゃんも大好きな作品で、二人で何回も読み直しています。

 この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。
 世界ときみは、2本の木が並んで立つように、どちらにも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。

という、やや理屈っぽい文で始まるスティルライフ。

私はこの小説で、ノーベル賞「ニュートリノ」の前にチェレンコフ光という言葉を知りました(笑)

バイト先で知り合った佐々井にぼくは奇妙なお願いをもちかけます。
3か月間期間限定の仕事。
ぼくは理由も目的も知らないまま、佐々井への好奇心からその提案を受けます。


ぼくが佐々井の部屋を訪れたシーン。佐々井はぼくに写真を見せるといいます。
ぼくはそこでありきたりの家族写真や、卒業写真を想像するのですが、
佐々井のスライドで写す写真は風景写真だったのです。


「ただの山の写真だ。特別に高い山ではないし、特別に名の知れた山でもない。だから見方にちょっとこつがある」と佐々井は小さな声で言った。「なるべくものを考えない。意味を追ってはいけない。山の形には何の意味もない。意味のない単なる形だから、ぼくはこういう写真を見るんだ。意味ではなく、形だけ」


ぼくはその写真に引き込まれ、自分が地表を構成する要素になった錯覚に陥ります。



人間はモノの意味にとらわれすぎないか…。




おっと「鳩のブンガク」でしたね。


鳩が印象的なのは、ぼくが、佐々井と神社隅のベンチで鳩を見るシーン。

少し長いのですが大好きな文章なので引用させてください。


目の前の地面をハトが歩いていた。あいかわらず人は来ない。午後も遅い時間に神社の境内などでぼさっとしているのはぼくだけだった。ハトは餌らしく見えるものをひとつ残らずついばみながら、二十羽ほどでその一帯を徹底的に探査していた。佐々井のことは考えてもしかたがないので、ぼくはハトに気持ちを集中した。しばらく見ているうちに、ハトがひどく単純な生物に見えはじめた。歩行のプログラム、彷徨的な進みかた、障害物に会った時の回避のパターン。食べ物の発見と接近と採餌のルーティーン、最後にその場を放棄して離陸するための食欲の満足度あるいは失望の限界あるいは危険の認知、飛行のプログラム、ホーミング。彼らの毎日はその程度の原理で充分まかなうことができる。そういうことがハトの頭脳の表層にある。  しかし、その下には数千万年分のハト属の経験と履歴が分子レベルで記憶されている。ぼくの目の前にいるハトは、数千万年の延々たる時空を飛ぶ永遠のハトの代表にすぎない。ハトの灰色の輪郭はそのまま透明なタイムマシンの窓となる。長い長い時の回廊のずっと奥にあるジェラ紀の青い空がキラキラと輝いて見えた。単純で明快なハトの動きを見ているうちに、ぼくは一種のあたたかい陶酔感を 覚え始めた。 今であること。ここであること。ぼくがヒトであり、他のヒトとの連鎖の一点に自分を置いて生きていることなどは意味のない。意識の表面のかすれた模様にすぎなくなり、大事なのはその下のソリットな部分、個性から物質へと還元された、時を越えて連綿たるゆるぎない存在の部分であるということが、その時、あざやかに見えた。ぼくは数千光年のかなたから、ハトを見ている自分を鳥瞰していた。

                                         以上赤字部分  スティルライフより引用


「自分探し」とか「本当の自分」というものに違和感を感じていました。
私は、仕事して、結婚して、子供産んで育てていますが
目標や強い意志があってクリアしていったわけではなく

なんとなく、その時々の流れの中で「そうなっていった」方へ進んでいただけなのです。

でもそんな偶然には無意識の「私の意志」が含まれていて
それをひっくるめて神サマが決めているんだと思っています。


やわらかい意志とでもいうのでしょうか。

今の自分は偽りの自分だから苦しい、本当の自分を見つければ幸せになれるなんてことはないのです。

カギカッコでくくられる「ワタシ」という意味にとらわれすぎない
個としての私と自然物としてのわたしを感じることのできた作品でした。






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itomaki

nice!10コです。
by itomaki (2012-05-09 22:29) 

madamM

itomakiさんありがとう。
ブンガクなかなか更新できなくてごめんなさい。
そろそろ私もネタ切れで…。
今回はちょっと力入ってたんです。これが書きたくて、ハトのモチーフ探してたくらい(笑)
by madamM (2012-05-10 12:32) 

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