京都ラブの東京人のための読書案内・続 [文学]

 
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梶井基次郎「檸檬」
前回ちらりと書いた梶井基次郎の「檸檬」そのモデルになったという八百卯さんが今年1月に閉店しましたね。何の変哲もない八百屋さん(失礼!)ですが、つい確認をしにいって写真を撮ってしまったのを覚えています。
 丸善が閉店する時には、沢山のファンが本棚の上に檸檬を置いていったという伝説が残っています。檸檬が自分の中のもやもやした憂鬱を木っ端微塵にする、そんな妄想に誰もが共感したのではないでしょうか?
 私が「檸檬」で最も好きな場面は八百屋の描写、特に夜の描写です。

 そう周囲が真っ暗なため店頭につけられた幾つもの電灯が驟雨のように浴びせかける絢爛は、周囲の何者にも奪われることなく、ほしいままにも美しい眺めが照らし出されているのだ。
 裸の電灯が細長い螺旋棒をきりきり目の中へ刺し込んでくる往来に立って、また近所にある鎰屋の二階の硝子窓をすかして眺めたこの果物屋の眺めほど、その時々の私を興がらせたものは寺町の中でもまれだった。


前回の「きつねのはなし」にもつながる妖しさ。このあたりは東京の街中ではなかなかしっくりこないのかなあと思います。


檸檬 (新潮文庫)

檸檬 (新潮文庫)

  • 作者: 梶井 基次郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1977/12
  • メディア: 文庫



と文芸作品が続いたのでもうひとつは
   入江敦彦氏の「秘密の京都」
よそさんの目では見えない京都を、「ええです。」は良いのか悪いのか…と困惑する東京人に、そっと教えてくれています。東京人にとって京都はやはり特別な場所なんだと思うのです。東京風を押し通せない唯一の場所というか。
 江戸時代の始めの頃、まだまだ江戸はど田舎で、文化も培われていなかったものですから、衣食住全て京都から下されたものが上等なものでした。だから京風でないものは「下らないもの」だったのです。時代が下ると江戸にも文化が花開きますが、京都とは全く価値観の異なるものでした。京都の粋(スイ)に対し江戸は粋(イキ)。そこらへんのDNAがまだ東京人に脈々と受け継がれているのでは?とも思ってしまいます。

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